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千葉地方裁判所 昭和61年(ワ)699号 判決 1988年12月05日

原告

野村二三也

右訴訟代理人弁護士

清井礼司

内藤隆

被告

日本国有鉄道清算事業団(変更前の名称 日本国有鉄道)

右代表者理事長

杉浦喬也

右訴訟代理人弁護士

秋山昭八

平井二郎

被告指定代理人

矢野邦彦

神原敬治

熊井信吉

永島隆

橋爪克博

田口肇

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が原告に対し昭和六一年五月七日発令した一月間停職の懲戒処分は無効であることを確認する。

2  被告は原告に対し、金一一三万五七五一円及び内金一〇〇万円に対する昭和六一年五月七日から、内金一三万五七五一円に対する同月二一日から、各支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

4  2項につき仮執行宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、名称変更前の日本国有鉄道(以下「国鉄」という)に雇用され、国鉄千葉鉄道管理局千葉運転区(以下「千葉運転区」という)配属の電車運転士として勤務していた。

2  本件賃金カット

国鉄は原告に対し、昭和六一年五月七日、原告を同月八日から一カ月間停職の懲戒処分(以下「本件懲戒処分」という)にしたと主張し、同月二〇日に、原告に支払うべき基準内賃金二五万〇四〇〇円のうち、一一万四六四九円のみ支払い、残金一三万五七五一円については本件懲戒処分を理由に支払わなかった(以下「本件賃金カット」という)。

3  本件不法行為

(一) 本件懲戒処分の理由は、原告が、「昭和六一年三月三日電車運転士として勤務中、既に乗務列車の出発時刻が過ぎており直ちに乗務すべきであったにもかかわらず、食事をとることに固執し当該乗務列車の遅延を大幅に拡大させ、同列車の多数の乗客の怒りを招くなどしたことは、業務に重大な支障を与え、かつ国鉄の信用を著しく失墜させたもので、職員として著しく不都合な行為である。」(以下「本件処分理由」という)というものであつた。

(二) しかしながら原告が食事をしたことは懲戒事由とはなりえないものであり、本件懲戒処分は、無効である。

すなわち、

(1) 原告は、昭和六一年三月三日、千葉運転区所定のB一六六ダイヤ勤務(一五時三九分出勤、翌日九時四三分明け)についたが、同日の夕食は、東京発の一七七七F列車が一九時〇九分に大網駅に到着後、一九時五二分同駅発成東行六六一M列車に乗車するまでの間にとることになっていたところ、総武快速線幕張駅構内で発生した車両事故のため、原告が大網駅に到着したのは成東行六六一M列車の発車時刻を過ぎた二〇時〇一分であった。

しかしながら、原告の同日の勤務は翌日九時一三分千葉駅着まで続き、その間食事がとれない勤務態勢となっていたため、原告は二〇時〇五分ころ、上司の千葉運転区担当助役の訴外五木田稔(以下「五木田助役」という)の承諾を得て、大網駅前の食堂「あじさいラーメン」(以下「あじさいラーメン」という)に行って食事をとり始めたが、中途でこれを切り上げて、六六一M列車の乗務につき、二〇時四三分に同駅を発車した。その際、原告は多数の乗客らに取り囲まれたが、原告が事情を説明した結果、乗客らは納得してくれた。

(2) しかるに国鉄はこれを非違行為であるとして本件懲戒処分をなしたが、右は懲戒事由に該当しないものであり、本件懲戒処分は、労働者に過酷な労働条件を強制し、ひいては列車運行の安全性を無視するものであって、原告ら職員に対する健康管理義務、乗客らに対する輸送安全保持義務に反する不当な処分である。

(三) 原告は、人間として当然のことである食事をとったことに対し、右のとおり不当な処分に付されたことにより多大な精神的苦痛を受けた。これを慰謝するには一〇〇万円を下らない。

4  よって、原告は被告に対し、本件懲戒処分の無効の確認を求めるとともに、カット分賃金及び不法行為に基づく損害賠償金合計一一三万五七五一円とこのうち損害賠償金一〇〇万円に対しては本件懲戒処分の日である昭和六一年五月七日から、またカット分賃金一三万五七五一円に対しては賃金支払いの日の翌日である同月二一日から、それぞれ支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因中1、2、3の(一)の事実は認める。

2  同3の(二)のうち、原告が昭和六一年三月三日、B一六六ダイヤの勤務についたこと、車両故障のため原告の運転及び便乗した列車が大網駅に延着したこと、原告が同日二〇時〇五分ころ、五木田助役に食事をとることの承諾を求め、同人がこれを承諾したこと、六六一M列車は二〇時四三分に同駅を発車したこと、その際、原告が多数の乗客らに取り囲まれたことは認める。その余の事実は争う。

夕食の時間については特段の定めがなく、列車の運行に支障がないように適宜とることになっていた。

一七七七F列車が大網駅に到着したのは、一九時五七分で、六六一M列車の発車時刻を五分経過していただけであったから、本来、原告は直ちに列車を発車させ、最小限の遅延にとどめるように努力すべきであったところ、二〇時〇五分ころ、五木田助役に食事をとることの承諾を求めたため、同人は止むなく、極く短時間で食事をとることを認めたものである。

三  抗弁

(本件賃金カットの主張に対し)

1 原告の昭和六一年三月三日の乗務仕業の内容は次のとおりであった。

(列車番号、以下同、一五七八F)

千葉駅発一六時一六分

東京駅着一七時〇〇分三〇秒

(一七七七F) 東京駅発一七時五三分

千葉駅にて運転業務を終り、引き続き同列車に便乗して一九時〇九分大網駅着

(六六一M) 大網駅発一九時五二分三〇秒

成東駅着二〇時一一分

(六六四M) 成東駅発二〇時一七分

大網駅着二〇時四一分

(六六五M) 大網駅発二〇時四九分

成東駅着二一時一一分

(六六八M) 成東駅発二一時一一分

大網駅着二一時四二分

(六六九M) 大網駅発二二時〇五分

成東駅着二二時二六分仮眠

(六二二M) 成東駅発翌朝四時五一分

大網駅着五時一〇分

(六二一M) 大網駅発五時二三分

成東駅着五時四一分

(六二四M) 成東駅発五時五〇分三〇秒

大網駅着六時一二分

(六二七M) 大網駅発七時〇八分

成東駅着七時三〇分

(六三〇M) 成東駅発七時四八分三〇秒

大網駅着八時一〇分

(六三二M) 大網駅発八時四五分

千葉駅着九時一三分

2 ところが、同日一八時二二分ころ、総武快速線幕張駅構内において、回一一九五M列車が車両事故を起こしたため、東京発の一七七七F列車も遅延し、原告は予定より四八分遅れて一九時五七分に大網駅に到着した。

原告が大網駅に到着したときには、六六一M列車の発車時刻は既に五分過ぎていたから、本来、原告は直ちに列車を発車させ、列車の遅延を最小限にとどめるよう努力すべきであった。

しかるに、原告は二〇時〇五分ころ、上司である五木田助役に六六一M列車乗務の前に食事をとることの承諾を求めたので、五木田助役は止むなく極く短時間で食事をとることを認めた。ところが、大網駅で乗客が騒ぎだしたことから、大網駅助役松尾昭(以下「松尾助役」という)が原告に乗務するよう伝えたのに対し、原告は、「俺はロボットじゃないんだ。飯ぐらい食わせろ。」などと言いながらこれを無視して食事をとりに行き、更に、松尾助役が再度乗車するように催促するために、原告が食事をしていた「あじさいラーメン」に赴いたときも、原告は「食事くらいゆっくり食わせろ。」などと言ってそのまま食事を続けた。そして、ようやく二〇時二九分ころに乗車しようとしたが、乗客らに取り囲まれて乗車できず、二〇時四三分に至り五〇分遅れで六六一M列車を発車させたのである。

3 廃止前の日本国有鉄道法(以下「旧国鉄法」という)三一条には、職員が、同法または国鉄の定める業務上の規定に違反した場合には懲戒処分として免職、停職、減給、戒告の処分をすることができる(一項)、停職の期間は一月以上一年以下とする(二項)、停職者はその停職の期間中俸給の三分の一を受ける(三項)旨の規定がある。

そして国鉄就業規則一〇一条には、懲戒を行う場合として、「その他著しく不都合な行為のあった場合」(一七号)との規定がなされている。

4 原告の前記行為は国鉄就業規則一〇一条一七号の「その他著しく不都合な行為のあった場合」に該当する。

5 そこで被告は原告に対し、昭和六一年五月七日、国鉄法三一条一項により、同月八日から一カ月間停職する旨の懲戒処分をし、これに基づき本件賃金カットを行った。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1、3、5の事実は認める。

2  抗弁2のうち、幕張駅構内の車両故障の影響で一七七七F列車が遅延し、原告が予定より遅れて大網駅に到着したこと、そのときには既に六六一M列車の発車時刻は過ぎていたこと、原告が二〇時〇五分ころ五木田助役に食事をとることの承諾を求め、同人がこれを認めたこと、二〇時二九分ころに乗車しようとしたところ、乗客らに取り囲まれてすぐには乗車できなかったこと、二〇時四三分に五〇分遅れで六六一M列車を発車させたことは認めるがその余の事実は否認する。

原告が大網駅に到着したのは、二〇時〇一分であった。また「あじさいラーメン」に駅職員が二回来たことはあるが、それが誰であったかは判らない。

3  抗弁4は争う。

五  再抗弁

原告が六六一M列車の所定出発時刻経過後に食事をとったのは、請求原因3の(二)の(1)記載のとおり、その時間帯に食事をしなければその後一三時間以上にわたって食事をとらずに列車運転業務に従事しなければならず、原告自身の精神的、肉体的諸条件から輸送の安全上に支障が考えられたこと、上司である五木田助役の承諾をとったこと、乗務員詰所(以下「詰所」という)に運転士の繁沢敬一(以下「繁沢運転士」という)がいたので、千葉運転区が既に同人を代替乗務員として手配済みであると考えたからである。列車事故などで乗務前に遅延が生じた場合でも、食事、休息をとることなく所定の勤務につけということは、労働者に過酷な労働条件を強制し、ひいては列車運行の安全を無視するものであって、被告の原告ら職員に対する健康管理義務、乗客らに対する輸送安全保持義務を否定するものである。したがって、本件懲戒処分は懲戒権の濫用であって無効である。

六  再抗弁の認否

争う。

第三証拠(略)

理由

一  請求原因1の事実については当事者間に争いがない。

二  本件賃金カットに基づく請求について

1  請求原因2の事実については当事者間に争いがない。

2  そこで抗弁について判断する。

(一)  抗弁1、3、5の各事実については当事者間に争いがない。

(二)  同日、幕張駅構内で発生した車両事故の影響により、原告が乗車していた一七七七F列車が遅延し、大網駅に到着した時には、同駅から原告が運転乗務することになっていた六六一M列車の発車時刻を経過していたこと、原告が二〇時〇五分ころ、上司の五木田助役に食事をとることの承諾を求めたところ、同助役がこれを承諾したこと、原告が二〇時二九分ころ、六六一M列車に乗車しようとしたところ、乗客らに取り囲まれて、すぐに乗車できず、同列車は結局五〇分遅れて二〇時四三分に発車したこと、については当事者間に争いがない。

(三)  右争いのない事実に、(証拠略)を総合すると、次の事実が認められる。

(1) 原告が運転乗務した一七七七F列車は定刻に東京駅を出発した。ところが、同日一八時二二分ころ、幕張駅構内において回一一九五M列車が車両故障を起こしたため、その影響で一七七七F列車も遅延し、予定より遅れて千葉駅に到着した。原告は仕業のとおり右列車に便乗したまま大網駅に向かい、同列車は予定より約四八分遅れて一九時五七分ころに大網駅に到着したが、この時には既に六六一M列車の発車時刻を約四分三〇秒過ぎていた。

(2) 大網駅では松尾助役が千葉運転区の列車指令室(以下「指令室」という)と連絡した結果、一七七七F列車の乗客が多いことと、一〇分程度の遅れで六六一M列車を発車させることができる見込であったことから、六六一M列車を一七七七F列車の到着を待ってこれに接続させてから発車させることとし、六六一M列車をホームに入れて一七七七F列車の到着を待っていた。

(3) 原告は、大網駅に到着した時には、既に六六一M列車の発車時刻が過ぎていることは分かっていたが、ホームの下にある詰所へ行き、千葉運転区に電話を架け、当直助役であった五木田助役に対し、「飯食わないと乗務できない。二三時まで食事ができないんだ。」などと強い口調で食事をとることの承諾を求めた。これに対し、五木田助役は「手短かに食事をとって乗務するように。」と、原告が食事をとることを承諾した。

(4) 松尾助役は二〇時〇三分ころ、一七七七F列車と六六一M列車の接続が終ったので、指令室に依頼して出発信号機の表示を青にさせた。ところが、二〇時〇五分ころ、六六一M列車の車掌から運転士がいないので発車できないという連絡があったため、指令室にその旨連絡して信号を一旦赤に変えさせるとともに、運転士を探しに詰所へ行った。

(5) 詰所には、原告と、六六一M列車の後発列車である六六三M列車の運転士の繁沢運転士がおり、原告は千葉運転区に電話をしているところであった。松尾助役は、電話を架け終った原告に対し、早く乗務してほしいと依頼した後、千葉運転区に電話をし、千葉運転区では原告に対して「素早く御飯を食べて乗務するように」との指示を与えたことを聞いた。

(6) 原告は、食事の承諾を得たため、まず大網駅構内にある立食いそば店へ行つたところが、そこは既に閉っていたため、改札口を出て、徒歩で二、三〇メートル離れた場所にある「あじさいラーメン」へ行った。

(7) 松尾助役は、コンコース階段付近で「あじさいラーメン」に向かう途中の原告と行き会ったため、「乗客が騒いでいるので乗務して欲しい。」と頼んだが、原告は「俺はロボットではないぞ。飯くらい食わせろ。二三時過ぎまで食えないんだ。」などと言って、かまわず改札口から出て行った。

(8) 松尾助役は駅長事務室に戻り、再度千葉運転区に電話したり、指令室に状況報告をしたりした結果、原告を見つけて早く乗車させるということになり、原告を探しに「あじさいラーメン」へ行った。

(9) 松尾助役は最初に「あじさいラーメン」へ行ったときには原告がいることが分からず、その後再度同店へ行った際、カウンターの一番奥にいる原告を見つけたが、まだ原告が注文した料理は出来ていなかったため、原告には声を掛けず、店主に早く食事を作ってくれと頼んで帰った。そしてその後、更に同店へ行ったところ、原告は食事をしている最中であったが、顔を覗かせた松尾助役に対し、「食事ぐらいゆっくり食わせろ。」と言った。

(10) 松尾助役は六六一M列車の出発が遅れている理由について、乗客らに対し、最初は一七七七F列車の接続を待って発車する旨放送させ、次いで乗務員手配中などと放送させていた。ところが、その後一部の乗客が騒ぎ出し、駅長事務室にも乗客が入って来るような事態に至り、しかも松尾助役や他の駅職員が原告の様子を見るため「あじさいラーメン」へ何回も行ったことなどからそれを見つけた乗客が同店まで追い掛けてきて、原告がそこで食事をしているのを見つけ、駅長事務室まで入って来て、マイクを取り、「正直に放送しろ」などと詰め寄って来たため、松尾助役は止むなく、「運転士が食事中ですので、もうしばらくお待ちください。」と放送させた。

(11) 一方、原告は、駅員や乗客らが何度も見に来たりしたため、注文した中華丼を約半分食べたところで詰所へ戻った。そして、二〇時二九分ころ千葉運転区へ連絡したうえ、六六一M列車に乗務しようとしたが、コンコース付近で一〇数名の乗客に取り囲まれ、興奮した乗客から「飯一回位食べなくても死にやしねえぞ」などと詰め寄られたりしたため、なかなか乗車できず、結局二〇時四三分に至り、予定より五〇分三〇秒遅れて六六一M列車を出発させた。

(12) 以上のような事実の概要は、運転士が食事に行って電車の出発を遅らせたとして、新聞、雑誌等で大きく報道され、これを非難する記事が掲載された。

(13) 国鉄は原告に対し、同年四月三〇日、弁明弁護の機会を与えた上、同年五月七日、本件処分理由により一月間停職の本件懲戒処分をし、また、本件賃金カットをした。

以上のように認められ、右認定に反する(人証略)及び原告本人尋問の結果中右認定に反する部分は信用することができず、他にこれを覆すに足りる証拠はない。

(四)  以上のような事実関係に照らして検討すると、原告が大網駅に到着した時には、すでに同駅から原告が運転乗務に就くべき六六一M列車の発車時刻を四分余過ぎていたのであるから、原告は、直ちに運転乗務に就くことが求められている事態にあったのであり、しかも食事をとることについて上司である当直助役の承諾を得たのではあるけれども、短時間にとって速やかに発車させるよう指示されたのに、駅外の食堂へ赴き、料理を注文して食事をとったため、長時間を要し、結局同列車の発車を五〇分余も遅延させるに至り、その結果列車の運行を混乱させ、乗客らに迷惑をかけるとともにその怒りを招き、新聞、雑誌等にも大きく報道され、非難を受けたのであるから、このような行為は国鉄就業規則一〇一条一七号所定の「その他著しく不都合な行為のあった場合」に該当するものということができる。

(五)  よって抗弁は理由がある。

3  次に再抗弁について判断する。

(一)  まず、原告は、六六一M列車の乗務前に食事をとらなければ、その後翌朝に至るまで一三時間以上の間食事をとることができない仕業であったと主張する。

(1) 前示の原告の乗務仕業によれば、原告は六六一M列車で成東駅に到着した後、引き続き同駅と大網駅の間を二往復し、成東駅に二二時二六分に到着し、以後翌朝四時五一分まで同駅において仮眠する仕業となっており、その間の右両駅における折返しの間合いは、それぞれ六分、八分、一〇分、二三分となっていた。

そして、前掲の証拠によれば、このような折返しの間合いの間も運転士は原則として動力監視作業が義務づけられているため、運転席から離れることはできないこととされていること、大網駅構内にある売店や立食いそば店は、当時すでに閉店しており、また「あじさいラーメン」も通常二二時ころには閉店してしまうこと、成東駅の構内や駅周辺には食事ができる施設はなかったこと、の各事実が認められ、このような事実関係に照らすと、原告が六六一M列車に乗務した後においては、原告が自ら食物を買い求めたり、食堂等へ赴くなどして食事をとることは難しい状態にあったものと認められる。

(2) しかしながら、原告が自身でこのような方法をとることができなかったとしても、当時は列車が大幅に遅延した異常事態にあったのであるから、大網駅職員や上司たる千葉運転区助役らを通じて食事の手配をしてもらう一方、ひとまず六六一M列車の運転乗務に就き、その後用意してもらった食事を大網駅または成東駅においてとることは可能であったと認めることができる。このようにすれば、折返しの間に短時間にとることが可能であり、その場合、運転席においてとることや折返しの時間を多少延長することも不可能ではなかったと認められる。

原告は、駅職員とは指揮命令系統が異ること、運転席で物を食べることは禁止されていること、列車遅延の場合には折返しの間合いを短縮してでも定時運転に近づけるよう指導されていること、などから右のような方法で食事をとることは不可能であったと供述するけれども、このような異常事態においては駅職員も運転士も、共に同じ国鉄職員として相協力して事の処理に当たるべき立場にあったのであるから、そのために運転士の食事を手配し確保するということは業務上の指揮命令の問題を超えた当然の事柄である上、本件の場合、松尾助役ら大網駅職員は六六一M列車の早期発車のために奔走していたのであるから、少くとも駅構内の立食いそば店が閉店していたため、簡便に食事をとることができないことが判明した時点においてはこのような代替的な措置をとることを考えるべきであったのであり、また運転席において食事をとることも、本件のような異常な事態の場合においても絶対に許されないものと一義的に判断すべきではないし、更に、途中で食事をとることとした場合において折返しの間合いが多少延長され、その後の列車の発車が多少遅延することになったとしても、駅外の食堂等へ赴き、料理を注文して食事をとる場合に比べれば、はるかに短時間で済ませることができることは明らかであるから、やむを得ない措置として許されないではないと考えられる。

なお、前示のような措置をとった場合には、原告の食事の時間が多少遅れることにはなるけれども、このような異常事態にあったこと、列車運転士の業務の重大性に鑑み、その程度のことはやむを得ないこととして、受忍すべき範囲内のことであるというべきである。

(3) 以上のような点に照らすと、原告が六六一M列車に乗務後は翌朝に至るまで食事をとることが不可能であったとは認め難く、前示のような措置をとろうとすることなく、駅外の食堂にまで食事に赴いた原告の態度は相当ではなかったといわざるを得ない。

(二)  次に、原告は食事をとることについては、上司である五木田助役の承諾を得たことであると主張する。

(1) 原告が五木田助役から食事をとることの承諾を得たことは前示のとおりである。

しかしながら、前示の事実関係から明らかなとおり、原告は千葉運転区にいた五木田助役に電話でその承諾を求めた際、当時の情況を詳細に報告した上で、自己のとるべき方策について指示を求めたというのではなく、乗務してしまえば以後食事をとる時間がないとして、いわば一方的にその承諾を求めたため、五木田助役も当時の情況を的確に把握することなく、これを承諾したものであるから、右承諾があったことの一事をもって如何なる事態になろうともそれは許諾されたことであるというべきものではない。

(2) しかも、五木田助役は手短かに食事をとるように指示したのであり、原告も当初は駅構内の立食いそば店で簡易に済ませるつもりであったところ、それが予想に反して閉店していて、食事をとるためには更に長時間を要することが明らかになった上、松尾助役からは重ねて早く乗務するよう求められたのであるから、この時点において再度上司の指示を求めるなど別の方策を検討すべきであり、またそのようにすることも充分可能であったのに、そのような方法をとることなく、駅外の食堂へ赴いた原告の態度は相当であったとはいえない。

(三)  更に、原告は、繁沢運転士を代替運転士とするなどの運用変更を手配済みであると考えたと主張する。

しかしながら、原告本人尋問の結果によると、五木田助役は食事を許可した際、乗務内容に変更があったとか、代替運転士を手配したとかいうことは言っていなかったこと、原告は詰所にいた繁沢運転士に原告の代わりに乗務することになっているかどうかを確めたこともなかったことが認められるほか、前記認定のように、五木田助役はわざわざ手短かに食事をとるように指示したこと、松尾助役も原告に対し早く乗務するように再三依頼したこと、六六一M列車の出発時刻は既に過ぎていたことなどの事情を総合すると、原告は食事に行く際、予定通り六六一M列車に乗務することになっているということは充分承知していたと認められる。したがって右主張も採用しえない。

(四)  以上のとおり、原告の主張する事由はいずれも採用することができず、他に本件懲戒処分か(ママ)懲戒権の濫用にあたるものと認めるに足りる事由の主張立証はない。

4  そうすると、結局、再抗弁は理由がなく、抗弁は理由があることになるから、本件賃金カットを原因とする原告の請求は失当ということになる。

三  慰藉料請求について

本件懲戒処分が国鉄法三一条一項に該当する正当な懲戒処分であったことは前記認定説示したとおりである。

そうだとすると、これが不当な処分であり不法行為を構成するとする原告の慰藉料請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がなく失当である。

四  結論

以上の次第で、原告の本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 村田長生 裁判官 小野洋一 裁判官 本間健裕)

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